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国宝犬山城


Panasonicリフォームclub鎌倉のコーディネーター原田明美でございます。

工事中のお客様が、水回りが使えない日のうちの数日を「真田丸」関連のご旅行に行かれると聞き、そういえば以前に名古屋に行った時に立ち寄った犬山城のことを思い出しましたので書いてみます。

通称「白帝城」といわれる犬山城は、1537年信長の叔父である織田信康が築城。

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天守から見下ろす木曽川は鵜飼が有名だそうですが、残念ながら食すチャンスがありませんでした。

戦国時代を満身創痍でくぐり抜け、城主もコロコロと変わり、江戸時代1617年に徳川家の重臣成瀬正成が拝領、以後幕末まで成瀬家が城主を務めます。

明治4年(1871年)廃藩置県で愛知県の所有となったことで天守以外の殆どの建物が取り壊されて、また明治24年(1891年)のM8.4の「濃尾大地震」によって、その天守も半壊する被害に遭いました。

そのため同年、修理を条件に県から旧藩主の成瀬家に譲与、成瀬家と犬山町民が募った義援金で修復されました。

昭和10年に国宝指定、昭和27年(1952年)に規則改正後も国宝に再指定。

 

昭和40年(1965年)解体修理を完了し、全国唯一の個人所有の国宝城として保存されてきましたが、平成16年(2004年)「財団法人犬山城白帝文庫」の所有となり現在に至ります。

まさに「城に歴史あり」です。

 

テレビのクイズ番組で、個人所有の国宝ってあるかないか?というのがありましたが、おかげさまで正解しましたよ!

 

天守には歴代城主のポートレートが飾ってありますが、最近の成瀬さんはブランデ―グラスかなんか持っちゃって超イケメン風です。

ボランティアのガイドさんいわく、篠山紀信さんに撮って貰ったらしいですよ。

 

さて犬山城、建築的な特徴は色々ありますが、特筆すべきは、三重四階地下二階構造。

石垣の上が地上1階、外から見ると大きく三重になっていますが、内部は大屋根の部分に部屋があり、四階になります。

石垣の部分は地下にあたり、最上階に登閣するには六階分登らなくてはなりません。

犬山城

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

登るのが大変だった思い出はこのせいだったかも~原田明美でした。

 

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